「ベースボールのスポーツ医学」
 
 
はじめに
 野球、ソフトボールなどのスポーツで問題になるのは投球障害です。肘、肩を痛めると、これにより野球を断念せざるをえなくなることもあるので、日頃からメディカルチェックを受け、異常があれば早期に治さなければなりません青少年が野球によって健全なスポーツを楽しむために以下のことが提言されています。
1)野球肘の発生は11、12歳ぐらいがピークで指導者はこの年頃の選手の肘の痛みと動きの制限に注意を払うこと野球肩 の 発生は、15、16歳がピークであり、肩の痛みと投球フォームの変化に注意を払うこと。

2)野球肘、野球肩の発生頻度は 投手と捕手に圧倒的に高い。従って、各チームには投手と捕手を2名以上育成しておく事が望ましい。

3)練習日数と時間については、小学生で週3回、1日2時間をこえないこと。中学高校以上では週1日以上の休養を取ること。個々の選手の成長、体力と技術に応じた練習量と メニューが望ましい。

4)全力投球数は、小学生で1日50球以内、試合を含めて週200球以内。中学生で1日70球、週350球、高校生で1日100球週500球をこえないこと。
1日2試合の登板は禁止すべきである。

5)練習前後に十分なウォーミングアップとクールダウンを行う。

6)シーズンオフを設定し、野球以外のスポーツを楽しむ機会を与える。

7)将来肘、肩に後遺症を残さないために指導者と密な連携のもとで、専門医による定期検診を行う。
T.肩の障害
 野球肩は、15、16歳ぐらいにピークがあり、投げ過ぎ、筋力の低下、投球フォームなどが原因となります。
1.投球フォーム
 基本的には下肢、体幹から蓄えられたエネルギーをいかに無駄なく流れるような動作でボールに伝えられるかということになります。
 投球動作は医学的に6つの相に分けられます。(図1)
図1 投球フォーム
ワインドアップ期
 コッキング期にはいるためにバランスを取る準備期間
(図1-@)
(1)コッキング期(早期)
 両手で持っているボールを利き手だけで持つ時期から始まり、前足が地面につくまで。腕は挙上して伸展位(後方に挙上)にある。(図1@-A)
(2)コッキング期(後期)
 前足が地面についてからボールを持つ手が一番後方にある状態まで。体幹、肩は前方に移動し、上肢は残るため肩は最大に外旋位にある。(図1ーA-B)
(3)加速期
 胴体の前方移動が終わり、肩、腕を急激に内旋(前に捻る)する、ボールが手から離れると終了。(図1ーB-C)
(4)減速期
 ボールが手から離れて、急激に腕の動きが減速する時期。(図1ーC-D)
(5)フォロースルー期
 投球動作が終わるまでの期間。腕が前胸部でクロスする。
(図1-D)
 
2.投球障害の発生の機序
 コッキング期の終わりに肩関節は最大外旋位(図1-B)になっています。この時はは肩関節の前方に過度の緊張が起き、前方の関節や筋肉が傷みやすくなります。
 加速期は、時間的にはコッキング期の十分の一で、急激に肩を内旋します。結果として腱板(肩の内在筋)が肩甲骨や靱帯の部分で摩擦を生じて炎症を起こします。
 減速期は、さらに加速期より時間が短く急激に腕のスピードを落とすためにエネルギーを消費し、投球フォームの中では一番暴力的な時期といえます。肩の後方、下方関節の圧迫力は最大になりそれぞれ炎症や断裂を起こしやすくなります。
 フォーロースルー期は腕が利き腕の方に行くため、肩の後方が引っ張られることにより肩の後方の関節部に炎症や損傷が起きます。
 最初はこのような障害が、投げ過ぎや、無理な投球フォーム、筋力の低下などから起こります。 違和感を感じたまま投球を続けることによって、この障害による肩の不安定性がさらなる障害を作ることとなり、慢性の投球障害になります。
 最初の障害が起こったときに正しい診断を行い、治療をしないと非常に治りにくくなります。

3.肩を壊しやすい人
 親指が前腕についたり肘が過伸展するような生まれつき関節の柔らかい人(みんなのスポーツ医学No8図3)は、肩を傷めやすいと云われます。このタイプの人はむしろ最初は普通の人より早いボールを投げることができるかもしれません。しかし投げ続けることによって明らかに肩を壊しやすくなりますので、注意が必要です。

4.フォームについて
 正しいフォームは投球障害を予防するために重要なことです。なるべく早い時期から正しいフォームを身につけることを勧めます。
 いまだに投げ込みを行うことによってフォームを身につける、あるいは強い肩を作るという考えを持った人がいますが、これは前時代的で明らかに間違った考え方です。肩は消耗品と自覚し、投球数を考えてフォームを身につける事が重要です。体の重心の加速、減速をスムーズに行うことが正しいフォームの目標になります。前述したように下半身のエネルギーをいかに肩、肘に負担無くボールに伝えるかということです。
 たとえば体幹から腕へのエネルギーの伝達が20%少なくなれば、同じ早さのボールを投げるためには肩は34%速く回さなければならないと云う実験があり、それだけ肩の負担が増えます。
 前足の接地も重要なポイントです。ストライドした足が地面についた時、(図1-A)膝が伸びきってしまっていると体幹が急激に減速されて腕に反動力がかかり痛めます。(より速い球を投げるためにこのような動作をすることがありますが痛めやすいフォームといえます。)
 投げ込んだ時の前の足は、ホームベースを向いているべきで、外側を向く(右利きでは一塁方向)と体が早く開きすぎて骨盤が早く回旋することで、肩と肘にストレスをかけます。
 内側を向く(右利きでは三塁方向)と体の捻りが遅くなり、体幹から伝達されたエネルギーが腕に負担をかけることになります。
 スムーズな体幹の回転を身につけるいくつかの方法の中に紙くずを真下に投げる方法があります。
(みんなのスポーツ医学No2) 

5.ストレッチについて
  肩のストレッチが不足しているケースを数多く認めます。投球を行う前はもちろんですが、日頃から十分肩の筋肉を柔らかくしていくことが投球障害を防ぐために、とても重要です。肩の筋肉はあらゆる方向に付いているので、あらゆる方向にストレッチを行ってください。肘を反体側の手で、延ばしたい方に押していき(関節に負担をかけないように)十分時間をかけて延ばしていきます。肩を酷使している選手は、特に後面が硬くなっていることが多いです。
(みんなのスポーツ医学No2−4.柔軟性をつける
 


6.内在筋の強化
肩の内在筋(腱板)の強化は必ず行ってください。負荷は軽め(1〜1.5Kg)で、ストロークは少な目にリズミカルに行ってください。
(みんなのスポーツ医学No2−5.筋力トレーニング )
 


U.肘の障害
 
 1999年の統計で1週間以上休んだスポーツ障害のうち、野球肘は膝のオスグッド病についで第2位と大変多いスポーツ障害です。
 肘の障害は、肩より早い年齢に起こり、小学校5、6年生くらいにピークがあります。野球肘は、内側型と外側型がありますが、特に外側型は後遺症が残りやすく、これで野球を断念してしまったケースが多数あります。
(みんなのスポーツ医学No10)
 小学生の場合、原因はほとんどが投球数にあると思われます。また11、12歳頃は一番年齢による体格差が大きい時期でもあるので練習のメニューも個人個人で考えるべきです。

1.投球数
 小学生で1日50球の投球制限を守っていたとしても、試合をひとりで投げればおそらく100球をこえて投げてしまうことになりますし、ましてや勝ち続けると連投になってしまうケースも多々あります。1日に2試合連投して肘を壊した症例もありますので注意が必要です。

2.練習日
 週3回が望ましいのですが、ほとんど毎日行っているところもありますし、休養日に別の団体で練習している子もいます。少年野球などでは休養日は、かなり徹底しているようですが練習量の多い子は障害が多いようです。(図2)
図2 1週間の練習時間と肘痛発生の関係
 
 
3.ポジション
 図3のように明らかに投手、捕手に肘痛が多く見られます。これは外野手は投球数が少ないからと思われます。最初に述べたように投手、捕手を2名以上作りこれらのポジションの負担を軽くすることは大事なことです。
図3 肘のレントゲン写真の異常と守備位置
 
 4.投球フォーム
 早い時期から正しいフォームを身につけるのが理想ですが、実際、体のできていない子供にいきなり正しいフォームを身につけさせることは困難です。そのため多くの専門家は、小学生レベルでは、投球数、練習量はなるべく少なめにし、逆に頭の柔らかいこの時期に、テクニックを習得させ、体が成熟したときに投球を本格的にさせることが、将来本人の能力を開花させると提言しています。
(みんなのスポーツ医学No7)

5.早期発見の重要性
 野球肘の場合、症状が見られる肘のほとんどにレントゲン上異常が認められますが、また症状の出る前にもレントゲン上骨に変化が出ることがあります。そのために選手の肘の様子を時々チェックする必要があります。腫れがあったり、動きが悪ければ直ちに専門医に行かせるべきです。
 図4は痛みのある選手の投球についてのものです。多少の痛みがあっても、投げている選手が多くいます。実際我々医師の所に来るのは、痛み始めて2、3週たってからということが多くあります。これはチームの勝利至上主義で多少の痛みを訴えても投げさせてしまうことや、子供が多少痛くても、レギュラーからはずされる事への恐怖心などから痛みを指導者や親に黙ったまま投げてしまうことなどがあげられます。
図4 肘痛発生時に投球を中止しているか
 
 6.メディカルチェックの重要性
 成長期のスポーツ少年は、将来に後遺症を残す障害を少しでも少なくするために、定期的に専門医でメディカルチェックを行う事が提唱されており、そのための体制づくりが急務だと思われます。
 
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